企画資料から目をあげた部長は、少し硬い表情をしていた。
<やっぱり、即OKとはいかないか……>
想定通りの展開に私は大きく息を吸って、吐いた。
そんな私に、部長が尋ねる。
「リスニングコンテンツは……本当に必要ですか?」
私の頭の中には、入社した頃に聞いた部長の言葉がよみがえった。
『システムで一番悲惨なのは、せっかく作っても使われないことなんだ』
まさに今、部長の頭の中には、新しいコンテンツが皆さんに使ってもらえるか、その確信が持てず、心配が渦巻いているのだろう。
私はまず頷き、昨今のリスニング事情から説明を始めた。ここに至る道筋を思い返しながら。
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それは週の半ば、塾の先生方と打合せをしている時だった。
英語の先生が手を挙げた。
「英単語問題に発音を確認できる機能を付けられないでしょうか?どの英単語がどんな発音か、わかっていない子が多いんです」
聞けば、初歩でつまずいている生徒さんほど、英単語の綴りと発音を合わせて学習することが必要とのこと。しかし、個別指導塾ではなかなかそこまで指導できていないと言う。
状況を聞きながら、私は解決案をイメージし始めた。商品企画が「御用聞き」ではいけないことは、そろそろ私にもわかってきた。
言われたことをそのまますぐに形にしたにもかかわらず、「使いにくい」と言われたこともあった。苦い経験だけれど、重要な学びだった。
今回も、英単語に発音をつけるだけ、というように言われたままに建て増しをするような企画では、真に効果の高いe-learningにならないような気がした。
私は少し勇気を出して尋ねた。
「先生、英単語の発音を確認できるだけでなく、リスニング対策問題まで反復学習できるようになったらいかがでしょうか?」
すると、先生はパッと顔を輝かせた。
「それはもう、最高です!個別指導の幅が広がります!」
その表情を見た時、私は新しい企画、初めての、自分自身の企画の予感がした。
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その後、数週間かけて、私は企画の骨子に必要な情報を集めてまわった。
ネットで検索し、海外のe-learningについても調査したり、塾や学校の英語の先生に片っ端からインタビューしたり……。
私は、自分が知る頃よりもさらに難しくなったリスニング問題のレベルの高さに驚きつつ、
集まった情報と参考文献を元に、まずはコンテンツチームと協議し、続いて、開発と打合せを重ねた。
予想外に時間がかかったが、最終的に、リスニングコンテンツとしては3種類の問題を追加することで、企画骨子をまとめた。
(1)英単語の発音を確認できる「サービス音声」
(2)重要構文を耳で反復学習する「基礎力向上リスニング問題」
(3)いわゆるリスニング問題のための「リスニング対策問題」

<よし! 次の定例会議で、部長に提案しよう!>
私は勢いよく企画書を書きあげた。
コンテンツ、機能、予算、スケジュール……
しかし、書き上げた企画書を見直しながら、私はふと、完璧だったつもりの企画が、部長に却下されたあの日を思い出した。
<あの時は、聞く姿勢を持てるようになりたくて、自分を変えるためにNLP手法を使ったんだっけ……>
今回の内容については、聞く姿勢も大事だが、前例のないサービスの企画を説明する力が必要だ。
自らの問題点を解決する時に学んだNLPは、誰かの視点を変えさせる説得にも、使えるかもしれない。
私は、NLPの本を手に取り、久しぶりにその第一章を開いた。
読み返していると早速、ある文章が目にとまった。
『1.プログラムは体験によって作られる』
<つまり、部長の判断基準は、部長の体験から成っている……>
例えば、企画に反対されたとしても、反対された事実を、ただ受け止めるのではなく、相手の体験の積み重ねを想像し、自らの判断基準となった体験を丁寧に説明すれば良いのだ。
肩の力が抜けるような気がした。
私はそっと本を閉じると、これまでの自分の体験を振り返った。
勝負は、週明けだ。
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月曜の定例会議、部長の前には、コンテンツ、機能、予算、スケジュールなどの資料が並んだ。
企画の全容を一通り聞いた部長は、資料をじっくり見た後、ゆっくりと口を開いた。
「リスニングコンテンツは……本当に必要ですか?」
眼鏡の奥にある、部長の目が光る。
学生時代にリスニング試験がなかった世代の部長にとっては、e-learningの反復学習と、リスニング問題をつなぐような体験がないのかもしれない。
私はまず頷き、自分が見聞きしたものの説明に入った。
まずは、先生から伺ったり自分で調べたりした、昨今のリスニング事情だ。
「英検等の資格試験はもとより、今や公立高校の入試でも、難易度の高いリスニング問題が出題されています。英文法の知識や単語力だけで解けるレベルではありません」
次は、利用する生徒さんの目線からだ。
「リスニング用の問題集はたくさん出版されていますが、多くは問題数がそれほど多く収録されていません。また、CDを再生したり一時停止したりすることは、生徒さんや先生にとって、非常に手間がかかる作業です」
最後は、なぜ当社がリスニングコンテンツを提供することが必要か。
「本などでリスニングを学習する従来の方法と比べ、より手間を減らし、英文の聞き取りに集中してもらえます。これは、ITならではのサービスで、当社が提供する価値があります」
部長からは質問が二つ三つ出たが、それらにもスムーズに回答した。
確認が済んだのだろうか。部長は思案しているような顔から、いつもの表情に戻った。
「それでは、来月の役員会議にかけましょうか。稟議書の作成をお願いします」
それは、企画の第一関門突破の瞬間だった。
<やった! 通った!>

内心ガッツポーズの私に向かって、「そうそう」と、部長が続けた。
「この資料のデータ一式、僕からもアクセスできるようにしてくれる?」
怪訝な顔をする私に、部長は補足した。
「宣言されたスケジュール通りに、本当にやっているか、あとで上司としてチェックするためです」
<しまった……!もっと余裕のあるスケジュール案にすればよかった……>
ニンマリ笑う部長を前に、私は、自身の企画が通るということの嬉しさと大変さに、やっと辿り着いたのだった……。
ricoの商品企画はつづく……。
※2025/09/26追記
小中学生向けのKojiroサービスは、終了しています。
現在「Kojiro 運管」のみサービスを提供中です。
https://www.neumann.jp/product/kojiro-kamotsu
「Kojiro SPI」は、現在 リニューアル作業中のため、サービスを一時中断しています。
https://www.neumann.jp/product/kojiro-spi



