眉をひそめた部長の手元には、丸々一週間かけて作成した企画書があった。
「今回は、子どもを持つ親がターゲットということで、これに至ったんです!」
私はなんとか声を絞り出した。
顔はどんどん熱くなる。鼻の下の汗を何度も拭う。口調は辛うじて冷静を装えただろうか。
息が苦しい。。。
受験シーズンが終わる3月、それまで家庭教師と事務職の掛け持ちをしていた私は、学生向けeラーニングの企画職に転身した。
(これからは持論だけではダメだ)
心機一転、まっさらな気持ちで新天地に挑むことを決意し、初出社の前日、私は自宅リビングの壁に3枚の紙を貼った。
その3枚にはそれぞれこう書かれている。
「聞く」「聴く」「訊く」
これだけではない。
論理的に自分の行動を変えるような内容(NLP※脚注参照)の本もすでに数冊読破している。
そんな新しい環境への意気込みをやすやすと上回るほど新しい上司の言葉は常に的確で、
意固地な私が反論する隙もなく、黙って聞き入るしかなかった。
「システムで一番悲惨なのは、せっかく作っても使われないことなんだ」
入社したばかりの頃、部長は静かな口調で教えてくれた。
「部長のようにとことん論理的で、客観的でいられたらなぁと思います」
ため息混じりに私がこぼすと、いつも穏やかに話す先輩が大きくうなずいた。
「部長って、常に論理的で本当にすごいと思うよ。俺さ、前に自分ができていないことを人のせいにしたことがあってさ。その時は相当怒られたなぁ。ま、当然なんだけどね」
失敗談をネタにする先輩。
しかし、私から見れば先輩もまたほとんどいつも論理的なのだった。
他部署からeラーニングの新企画の依頼を受けたのは、先週の水曜日のことだった。
入社からしばらく経ち、仕事にも慣れてきたように感じる。
新企画は開発と営業以外すべて自分の仕事だ。
意気揚々と企画書の作成に取り掛かった。
書き上げた企画書を手に、部長にチェックをお願いした。
企画書に目を通した部長は、
「う~ん…」
表情を曇らせているのがわかり、納得のいかない部分を尋ねた。
「親の視点かな」
そう答え、部長はそのまま出張に出かけて行った。
自席に戻った私は、企画書に“親の視点”を加えようとパソコンとにらみ合いを続けた。
ある程度まとまってきたが、親の視点がイマイチわからない。
そこで、子を持つ先輩に意見を求めることにした。
「子どもをお持ちの方の視点に合わせたいので、これに関連するようなエピソードやお気持ちを聞かせていただけますか?」
私が一通り企画の説明を終えると、先輩はゆっくりと話し始めた。
「うーん、そうだな。例えば、俺と娘が…」
………。
しばらくすると先輩が私の目を覗き込んでいるのに気付いた。
伝わっているのか、気にかけている様子。
その瞬間、ハッとした。
メモを取ろうとペンを握ったものの、心が「聴く」モードになっていない。
そんな私は、先輩からはボーっとしているようにみえたようだ。
(聴かなければ!)
肩の力がストンと抜け、その拍子に忘れていた呼吸を取り戻した。
気を取り直した後、先輩は面白い話をたくさんしてくれた。
気が付けば30分以上も過ぎていた。
週が明け、提出期限の1日前に企画書の修正が済んだ。
実例も取り入れてボリュームもいくぶんか増えている。
先輩に見せると「面白いね」というコメント、依頼元からもGOサインを貰い、一安心。
あとは部長のOKを貰うだけだ。
翌日、出張から戻った部長に企画書を渡すと、予想外の反応があった。
「う~ん…」
私は、みるみるうちに体温が上がっていくのを感じた。
「今回は、子どもを持つ親がターゲットということで、これに至ったんです!」
なんとか声を絞り出す。
(言われた通りにやったじゃないか!)
赤い顔を資料で隠すようにしながら、言い訳のような説明を続けた。
短い質問と、長い説明が何度か繰り返される。
「じゃぁ、どうすればいいんですか!」という言葉をグッと飲み込んだ。
そうだ、学んだNLP(※脚注参照)を今こそ実践するチャンス。同じ失敗は、もうしたくない。
私は少し大きめに息を吸って、吐いた。
(部長はいつも私のためになる情報をくれるじゃないか。だから、聴こう)
「…確かに、私もそこには不安を感じていました。しかし、今回はどうしても必要なものと思われ…。正直、どうすればいいのか大変難しく感じています」
企画書から私に視線を移した部長は穏やかな口調で話し出す。
「そもそも、親が期待しているのは…」
その日、帰宅した私はリビングの壁から3枚の紙を外した。
企画書はキレイな白紙に戻った。
土台を間違えていたことがわかり、イチから練り直すことにしたのだ。
(今度こそ、使われるための企画を)
「きく」ことができるようになった自信が、やる気となり私を奮い立たせた。
ricoの奮闘はつづく…。
※【NLP】神経言語プログラミング:Neuro-Linguistic Programming
日々なんとなくしている「○○すると□□になる」という人の脳の働きをプログラムとしてとらえる。
プログラムを変えられれば、日々が変わる。 人(自分も)がしていることや、感情が起こるしくみを理解するために活用できる。
参考文献「心が思い通りになる技術: NLP:神経言語プログラミング」原田幸治 (春秋社)
※2025/09/26追記
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